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ネコ型教員のすゝめ

今日は、私の10年近くに及ぶ教員生活の末にたどり着いた「ネコ型教員」という働き方を紹介したいと思います。

筆者の働き方の変遷

1年目

仕事について何も分かっておらず、先輩に教えてもらいながら少しずつ覚えていく時期です。基本受け身で、与えられた仕事をこなしていきます。お局ポジションの先生に精神的ダメージを受けていたことは覚えていますが、それ以外は多くの人に支えられて、大きなトラブルもなく平和な日々を過ごしていました。

2年目〜7年目

仕事も分かってきて、色々と自分から動けるようになってきます。そして、ここから生徒や保護者絡みのトラブルが増え始めます

良かれと思ってやったことが逆に反感を買ったり、しっかりと指導しようと思った結果、指導が厳しいという非難を受けたりと、なかなかうまくいきませんでした。ある保護者には、よく指導してもらっていると感謝されたことでも、他の保護者だとトラブルになったりして何が正解なのか分からなくなってきました

8年目〜現在

ついに悟りを開きます。

「合理主義でいこう。」

仕事上必要なこと以外はせず、リスクがリターンを上回るようなことはできるだけ避けることを決意します。仕事をしないのではなく、必要以上にリスクを負わないのです。

もちろん授業や分掌などの決められた仕事は迅速かつ丁寧に遂行します。保護者連絡や生徒指導ももちろんしますが、お節介と思われる可能性があるのであれば、それはリスクが伴いますので、必要最低限のことに留めます。

特に生徒に反省を促すような指導のときはリスクが急激に上がりますので、自分の気持ちを切り離し、第3者が乗り移ったかのように淡々と一般論を説きます。不用意な発言だけでなく、どんな言葉でも揚げ足を取られる可能性がありますので、使う言葉には細心の注意が必要です。

まぁどんだけ細心の注意を払っても、捏造→子どもを妄信のコンボで何でもありになります。その対策に、最近では指導するのにも教員2人で対応することが増えてきましたね。教員の数を増やしてください!

ネコ型教員とは?

合理主義な教員」のことを「ネコ型教員」と私は勝手に命名しました。ネコは動物の中でもっとも合理主義な動物だと言われているからですね。多くの動物は労力を払って報酬を得ようとする習性があるのに対し、ネコは極力労力なしに報酬を得ようとする習性があるという研究結果があります。

学校においては、+αの努力をしても、報酬(給料)はほとんど変わりません。むしろ、その+αによって評価を下げたり、トラブルから心身に悪影響を及ぼすリスクさえあります。そのため、私は+αの努力は教科や分掌などの目に見えて確実に評価されるものしか、積極的にしないようにしています。

ちなみに私は猫派でも、犬派でもなくハムスターやハリネズミ派です。

ネコ型教員でいいのか?

そんな消極的なスタイルで大丈夫なの?教員に向いてないんじゃないの?と思われるかもしれません。私もこのスタイルに変えるとき考えました。

しかし、毎年のように保護者トラブルなどで心を病み、病気休暇に追いやられたり、学校を去ったりする教員を見てきました。教員本人は生徒のためにと思ってやってきても、その思いは時に裏切られるのです。そのような姿を見ていると、必要以上のことをすることは、かえってリスクが大きいことだとつくづく思うのです。

私自身、教員という仕事は好きですし、今後も続けていきたいと思います。そう思うからこそ、志なかばでリタイアしてしまうことは何としてでも避けたいと思っています。

ネコ型教員は増加中

社会情勢が変わり、学校にもビジネスマインドが求められるようになり、保護者のお客様意識も急激に高まってきました。過去には聖職者とされていた教員という仕事も専門職となり、今では接客業に成り果てました。

そんな学校現場では以前のような指導(体罰等を指しているわけではありません)を行うことは難しくなってきています。生徒のためと思っての指導なら許された時代は終わり、どれだけ保護者のニーズに答えれるかの時代になったのです。

そういう流れもあり、熱血教師と呼ばれる人は激減し、事なかれ主義のネコ型教員は増加中です

最後に

これが私が教員生活10年ほどで辿り着いた、合理主義「ネコ型教員」の働き方です。今後さらに教員生活を続けていくと、学校を取り巻く環境も変わり、新たな働き方を発見するかもしれませんね。みなさん、心身の健康があってこそ働けるのですよ!

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